なにを書くかを考えるのがブログの楽しさ!

いせじんです。

久しぶりの投稿でーす。
「なかなか時間がとれなかった」と書いてしまうと
言い訳になってしまいますが、実はその通りでした。

なんと言うか、やっぱり生活のため、撮影活動のため、喜怒哀楽のため
仕事にも熱中する気力も無ければと。

話は変わりますが

少し本を読んで学んだこと

いろいろな方が、たぶんこのブログ「いせじんは夢見る!」を読んでくれていると思うと
いせじんは有り難い気持ちでいっぱいです。

そんな中でこんな事を心の中にためてしまっている(いせじんもです)方もお見えになるでしょう。たぶん、若い方も、熟年世代や働き盛りの方、年老いた方も・・・

「失敗してしまったよ・・・どうしょう・・・くよくよくよくよ・・」

「明日は何が起こるやろか?」

「また失敗してしまうやろか?」

「来週はアレがあるから・・・こんな風にしよう・・・」と無駄に計画。

先日こんな本を読みました。

「心配事の9割は起こらない」心配事の9割は起こらない
その中にこんな事が書いてありました。

余計な不安や悩みを抱えないように、
 他人の価値観に振り回されないように、
 無駄なものをそぎ落して、
 限りなくシンプルに生きる。

実はいせじんは、何かとクヨクヨと考えては落ち込んでしまう事が多くあります。
またその事自体で落ち込むこともしばしば有って。

この本の中には
「一息に生きる」という言葉が書かれて有りました。

どういった事かと言うと
「一呼吸するその瞬間、瞬間を一生懸命に、丁寧に生きなさい。」と言う意味だそうです。

そして「三世に生きる」と言う事も書かれて有って、「一息に生きる」と同じ意味。
三世(さんぜ)とは「過去」・「現在」・「未来」の事だそうです。

人はその三世の中で生きているという事です。だから
現在を生きているとき過去はすでに死に、その現在もたちまち過去となって未来が生れ、それが現在となる。と言う風に書かれています。

ですので、過去の事を思い返しても仕方がないし、まだ来ない未来の事を今考えても仕方ない。と・・・まっ、その通りと思いました。

ようは、つまり「いま」をどう生きるしかない。 

この本に書かれています。

心の中で、この事を何度かつぶやきながら、実践的に考えてみたら
なんだかスッキリした気持ちになれました。

心の中に有ったこだわりが無くなったかのように、楽になったような。

「それでいいよ」と改めて思った

「限りなくシンプルに生きる」、こんな事を実際に心がける事で、やっぱり余計な心配事やクヨクヨする事が少なくなって、楽しく生きて行く事もできるのではないかと思いました。

実際、やっぱり、正直なところ、「お金」って事を考えると、

「ローンどうしょう・・・」とか

「食費、光熱費・・・どうしよう」とか

「宝くじ、もし当たったら・・・何買う?・・狙われたらどうしよう?」とか

「どうやってこの大金を守ろうか?」とか

いろんな心配事が心の中で発生してしまうでしょ。

ほどほどの「お金」しか無ければ、それしか手にする事がなければ
そんな事をいちいち心配する必要も無しです。

そんな感じでいろいろ考えたら、「それでいいよ」と思えて、クヨクヨ考える事が馬鹿らしくなってきた。シンプルに、その瞬間だけを丁寧に生きる。それでいいかな。

9割の心配をしても、それは「心配する事」を妄想するだけ

「いろんな事を考え、妄想する事でそれが心配事に繋がって行くんだよ」って
この本には書かれています。

そうなんやよな。

「妄想」が心配事に変化していくよな。

やっぱり、「今のこの瞬間を大事に生きる」こと。
そうする事で「妄想する事」も減らす事になる。

人生、時には刺激も必要やけど、平穏無事に生きられるのがなによりです。

心配を背負っても、心配をしなくても、現実に起こる事は誰もわからないし、自分にもわからない。だったら、心配事を抱えない方が、よっぽど楽ですよ。

という事で、題名とは全然違う話になりましたが、またこれもよし。

おわり

注)この記事の内容・引用文は 著者 枡野俊明氏 「心配事の9割は起こらない」の中から引用させて頂きました。

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